プロ野球の長い歴史の中で、相手打者を一度も出塁させずに勝利する「完全試合(パーフェクトゲーム)」は、投手にとって究極の栄誉とされています。1950年の創設期から現代に至るまで、この大記録を成し遂げたのはわずか16人のみです。本記事では、NPB(日本プロ野球)における歴代の完全試合達成者を網羅し、1950年の藤本英雄による初達成から、28年ぶりの快挙となった2022年の佐々木朗希の偉業まで、それぞれの達成日や球団、記録の詳細を解説します。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:NPBの歴史において完全試合を達成した投手は、1950年の藤本英雄から2022年の佐々木朗希までわずか16人のみである。
- 要点2:1950年代から1960年代にかけて多くの記録が生まれたが、その後は長期の間隔が空く極めて稀少な記録となっている。
- 要点3:2022年には当時ロッテの佐々木朗希が28年ぶり史上16人目、かつ21世紀初となる歴史的快挙を成し遂げた。
完全試合とは何か?プロ野球における究極のピッチング条件
完全試合とは、先発投手が初回から最終回まで一人も走者を出すことなく、無安打(ノーヒット)、無四死球、相手の失策(エラー)による出塁も一切許さず、完璧に抑えて勝利する試合のことです。ノーヒットノーラン(安打を許さない記録)よりも条件が厳しく、味方の野手の好守備や運の要素、そして投手自身の圧倒的な制球力とメンタルが不可欠となります。
プロ野球の公式戦数千試合に1度しか起きないと言われるほどハードルが高いため、達成者は日本野球界の歴史にその名を永遠に刻むことになります。報道各社や公式記録でも、その達成の瞬間は常に日本のスポーツ史における最大のトピックとして大きく取り上げられてきました。
【歴代一覧】NPB史上わずか16人の完全試合達成者たち
日本プロ野球(NPB)における完全試合の歴史は、1950年のセ・リーグ公式戦から始まりました。週刊ベースボールonlineや各種野球データベースの公式記録によると、これまでに達成された16人の記録は時代ごとにいくつかのピークに分かれています。
初期の1950年代から1960年代にかけては、藤本英雄をはじめとする名投手たちが次々と偉業を達成しました。しかし、野球の戦術や打撃レベルが進化するにつれてその頻度は激減し、1970年代から1990年代にかけてもわずかな達成者に留まっています。以下に、NPBの歴史を彩る歴代の完全試合達成者を一覧でまとめました。
| 達成日 | 投手名 | 所属球団 | 対戦相手 | 備考・特記事項 |
|---|---|---|---|---|
| 1950年6月28日 | 藤本英雄 | 巨人 | 西日本 | NPB史上初の完全試合(青森市営球場) |
| 1950年9月3日 | 荒巻淳 | 毎日 | 南海 | パ・リーグ初の完全試合 |
| 1951年9月19日 | 長谷川良平 | 広島 | 大阪 | セ・リーグ公式戦 |
| 1952年5月18日 | 中原宏 | 南海 | 近鉄 | パ・リーグ公式戦 |
| 1953年9月22日 | 大島信雄 | 毎日 | 阪急 | パ・リーグ公式戦 |
| 1955年6月19日 | 山下健 | 大洋 | 中日 | セ・リーグ公式戦 |
| 1956年9月19日 | 宮田典計 | 毎日 | 大映 | パ・リーグ公式戦 |
| 1957年8月21日 | 金田正一 | 国鉄 | 中日 | 延長戦を制した伝説的快投 |
| 1958年7月19日 | 島田源太郎 | 大洋 | 大阪 | セ・リーグ公式戦 |
| 1960年8月11日 | 村山実 | 阪神 | 広島 | セ・リーグ公式戦 |
| 1961年6月20日 | 外木場義郎 | 広島 | 巨人 | セ・リーグ公式戦 |
| 1966年5月1日 | 佐々木吉郎 | 大洋 | 広島 | セ・リーグ公式戦 |
| 1968年9月14日 | 田中勉 | 西鉄 | 近鉄 | パ・リーグ公式戦 |
| 1973年10月10日 | 今橋正二 | 東映 | 太平洋 | パ・リーグ公式戦 |
| 1994年5月18日 | 槙原寛己 | 巨人 | 広島 | 平成唯一の完全試合達成 |
| 2022年4月10日 | 佐々木朗希 | ロッテ | オリックス | 28年ぶり、21世紀初、13者連続奪三振の世界記録 |
1950年の初達成から昭和・平成・令和へ繋がる系譜
日本のプロ野球における記念すべき第1号は、1950年6月28日に巨人・藤本英雄投手によって記録されました。その後、パ・リーグでも毎日の荒巻淳投手らが続き、黎明期には比較的多くの達成者が生まれました。
昭和中期には、「国鉄の至宝」と呼ばれた金田正一投手が1957年に中日戦で達成。さらに平成に入ってからは、1994年5月18日に巨人・槙原寛己投手が福岡ドームでの広島戦で達成し、これが長らく平成時代および20世紀唯一の完全試合として記憶されることになりました。
21世紀初&28年ぶりの快挙:2022年の佐々木朗希の偉業
平成の終わりから令和の序盤にかけて、完全試合は「もう二度と見られないのではないか」と言われるほどの難記録となっていました。その状況を打破したのが、2022年4月10日に千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手です。
オリックス・バファローズ戦に先発した佐々木朗希は、プロ野球記録となる13者連続奪三振、1試合合計19奪三振をマークし、走者を一人も許すことなく完全試合を達成しました。28年ぶり史上16人目、かつ21世紀初というだけでなく、当時20歳5ヶ月という史上最年少での達成となり、日本国内だけでなくメジャーリーグ(MLB)をはじめとする世界中の野球ファンやメディアに大きな衝撃を与えました。
完全試合とノーヒットノーランの違いと稀少性
よく混同される「ノーヒットノーラン(無安打無得点試合)」と「完全試合」ですが、明確な違いが存在します。ノーヒットノーランは「相手チームにヒットを1本も許さずに完投勝利する」ことですが、四球や死球、あるいは味方のエラーによる出塁(ランナー)が許されます。
一方、完全試合はそれらの出塁すら一切認められないため、難易度は跳ね上がります。MLBにおいても、歴代でマーク・バーリー(シカゴ・ホワイトソックス)をはじめ限られた投手しか達成しておらず、日米共通して投手としての最高峰の勲章とされています。
【完全試合達成者】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日本プロ野球(NPB)で最後に完全試合を達成したのは誰ですか?
A1:2022年4月10日に千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手がオリックス戦で達成したのが、NPBにおける最新かつ最後の完全試合となっています。
Q2:完全試合を達成した最年少の投手は誰ですか?
A2:2022年に20歳5ヶ月で達成した佐々木朗希投手です。日本プロ野球の歴史において最も若い年齢での快挙となりました。
N3:セ・リーグとパ・リーグのどちらが多く完全試合を達成していますか?
A3:歴史を通じてセ・リーグ、パ・リーグの双方からバランスよく誕生していますが、平成以降は槙原寛己(巨人)と佐々木朗希(ロッテ)のように、それぞれのリーグを代表する歴史的投手によって記録されています。
まとめ:プロ野球史に輝く16人の偉業を受け継ぐ未来へ
プロ野球の歴史の中でわずか16人のみが成し遂げた完全試合達成者は、日本野球の進化と投手の技術の極みを示す不滅の金字塔です。1950年の藤本英雄による第一歩から、28年の沈黙を破った2022年の佐々木朗希の衝撃まで、それぞれの記録には当時のドラマや時代背景が色濃く反映されています。
今後、この歴代の16人に続く17人目の達成者がいつ、どの球団から現れるのか。ファンの期待と興奮は、現代のプロ野球シーンにおいても変わることはありません。